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March 13, 2005

一夜漬け勉強法

漢字のテストに英単語のテスト。大嫌いで、大の苦手でした。この大嫌いを乗り切るのに私が使った方法を紹介します。

ポイント1:寝る前の下ごしらえ
これが一番大切。寝る前にしっかりと覚えるのです。これに王道はありません。しかしコツはあります。その勉強のコツをここでは紹介したいと思います。

ポイント2:連続用紙
連続用紙というのはコンピュータのプリンタからはきだされる、ミシン目でつながった長い紙のこと。昔は千頁一箱で500円くらいで売っていました。製本されたノートよりもずいぶん割安で大量の紙面が手に入り、しかもコピー用紙のようにバラバラになったりしないので重宝します。

この連続用紙を机の足元において、紙をひざの上から机の上に引き出し、書き終えた部分が机の後ろに落ちていくようにすると、即席手動プリンタの完成です。

ポイント3:大きな文字で大胆に
文房具屋さんに売ってる6mmや7mm罫線のノートに小さな文字で書いていたら手が痛くなってしまいます。そうではなく、太いペンで大きな文字で書きなぐるように描くのです。

連続用紙の罫線のないスペースに3センチくらいの大きさの文字でどんどん書いていきます。ペンなので書き間違ったりもしますが、修正液などは使わずグチャグチャっと塗りつぶしてどんどん書いていきます。そうすると文字がイメージになって頭に残るようになってきます。

ポイント4:声を出して飽きるまで
自分の手で書きなぐったテキストができあがったら、それを声を出して読み上げるのです。視覚と聴覚を駆使して焼き付けるように読み上げるのです。

これを何回か寝る前に繰り返します。そうすると飽きてきます。内容に飽きてくるということは、脳みそが内容に新鮮味を感じなくなって、もうたくさんだと感じているわけですから、記憶できたも同然です。

ポイント5:寝る
徹夜して試験に望む方もいらっしゃいますが、お勧めしません。いったん覚えたらとにかく寝るのです。

人間は夢を視ます。夢を視ている時、脳みそは起きている間に見聞きしたことを整理しているのだそうです。だから、とにかくいったん覚えたと思ったら、自分の脳みそにお任せして眠りにつくのです。あとは脳みそが勝手にやってくれます。寝る前に飽きるほど読み上げた連続用紙の物語を経験として整理して記憶の引き出しにしまい込んでくれるのです。

ポイント6:目覚めたらすぐ起きる
二度寝してはいけません。目覚めたら、寝ぼけ眼でもとにかく起き上がって机につきます。そして寝る前に読み上げた自家製テキストをもう一度見直すのです。

そうすると、寝る前は言葉が詰め込まれていっぱいいっぱいだった頭の中が整理されていることに気づきます。

もう一度、内容を見直したら、あとは試験を頑張りましょう。満点は取れないかも知れませんが、試験なんて及第点をもらえばそれで十分です。それ以上は興味があれば自然に勉強したくなりますし、好きで勉強したことはあっと言う間に身につきます。興味が無ければそれ以上は勉強するのは時間のむだです。将来そのことに興味が出たときに、そういえば昔勉強したことがあるな、と思い出せれば十分です。

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March 11, 2005

カッコウの子育て

カッコウという鳥がいる。山にハイキングに行くと「カッコウ、カッコウ」と鳴き声の聞こえる鳥である。森の声を拾った環境CDを買うと必ずといってよいほど鳴き声の入っているポピュラーな鳥だ。なんとものどかで平和な情景を思い浮かべるが、実はこの鳥、かなり残酷な子育てをする。

まず親からして相当図太い神経をしている。自分で子育てする気などさらさらないのだ。かといって卵をほったらかしにするのではない。ちゃんと他人様に育ててもらうのだ。そのカッコウの子育ての被害者は「おおよしきり」。スズメ目ひばり科でかなりけなげな鳥である。

おおよしきりが卵を2つ3つ巣に産みつける。カッコウは、その頃を見計らって、おおよしきりの巣に自分の卵を紛れ込ませるのだ。本家が2つほど卵を産むまで待っているところは頭脳犯である。おおよしきりも自分の子供の数くらい覚えていれば良いものを、ひとつ増えたのに気付きもしない。

やがて雛が生まれる。
ところが親も親なら子も子供、カッコウの雛のずうずうしさは親をも上回る勢いである。なにせ、本家の子供、おおよしきりの雛を追い落とすのだ。なんと本家の雛を持ち上げて巣の外に突き落とすのである。

おおよしきりのけなげさはここでも際立っている。雛が減っても気付きもせず、他人の子だとも気付きもせず、せっせと人の子供に餌を運びつづけるのである。

やがて巣を乗っ取ったカッコウの雛はおおよしきりの巣から巣立っていく。
そしてまた次世代も同じことを繰り返すのだ。

...カッコウってひどい。

と思いたくもなるが、カッコウの親にしてみれば、そんなに悪気はないというところだろう。なにせ、自分だってカッコウの親に育ててもらった覚えはない。子供時代の記憶といえば親身になって昆虫を運んできてくれたおおよしきりの思い出だけ。親の顔なんて見たこともないのだ。ものごころついたときから言葉も通じない、体つきも異なる鳥たちのなかで必至に生きようとしてきただけ。

そして自分も親になって、子供ができて、はたと気が付いた。どうやって育てたらよいのだろうかと。思い悩んだ挙句に思いついたのは子供の頃にお世話になったおおよしきりのこと。そうだ彼らなら私の子供をなんとか育ててくれるかもしれない。。。

...ねぇ、あなたの子育て大丈夫ですか???

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March 09, 2005

パンツの靴擦れ止め

パンツの裾に縫い付けられている当て布を靴擦れ止めという。それは、パンツの裾の踵側の内側に、少しだけ外に飛び出すように縫い付けられている。少し飛び出していることで、この部分が最初に地面につき、パンツ本体が擦り切れるのを軽減してくれるのだ。

もしもパンツの裾が擦り切れてきたら、パンツ本体が傷まないうちにスーツ屋さんにパンツを持ち込むのがよい。スーツ屋さんは靴擦れ止めの当て布を取り外し、ひっくり返して縫い付けなおしてくれる。

これまで、こんなことも知らずにいた。ずいぶんとスーツをダメにしてきてしまったものだ。

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March 02, 2005

FOMA N 塗り残しの謎

新製品が発表されると雑誌やWEBを通じて実に様々な寸評が繰り広げられる。肯定的、否定的という違いだけでなく、「作り手の視点」と「記者の視点」と消費者としての「自分の視点」の見方の違いに気付かされることも少なくない。紹介者が好き勝手に寸評する裏で、作り手のデザイナーや技術者たちは涙ぐましい努力を積み重ねているに違いない。私は自分の使っている携帯電話を改めてしげしげと眺めていてそんなことを考えた。

900i-1
 写真はDoCoMo Foma N900i。携帯を開いて横から見ると二色に塗り分けられた境界線が円弧を描く美しいデザインが採用されている。この美しさに惹かれて買い替えた方も多かろう。何を隠そう私もその一人である。
900i-2
 ところが、この携帯電話、デザインを最優先したかと思いきや、よく見ると不自然な部分が一箇所ある。オレンジ色と銀色の境界線の連続性が、コネクタの蓋(反対側はMiniSD挿入口の蓋)の部分で途切れてしまっているのだ。銀色のカバーには段差がつけられており、その段差はちょうど塗り分けラインに繋がっている。恐らくデザイナーとしてはオレンジ色にしたかったであろう部分が銀色に塗り残されているのである。
 円弧状の塗り分けを演出するため樹脂製の蓋も二色に塗り分けられている。実はこの蓋、単に半分だけ着色しているのではない。オレンジ色と灰色の二つの部品を組み合わせて作られているのだ。これほどデザインにこだわりを見せているのにもかかわらず、先ほどの部分ではオレンジ色の塗装を諦めているのだ。謎である。

 これはコストを下げようとした結果なのではないか、そう思ったとき、残念そうなデザイナーの姿が脳裏に浮かんだ。この携帯電話、オレンジ色の部分と銀色の部分で部品が別れている。そしてこの塗り残しの部分は、そう、銀色の部品の一部なのだ。この部分だけオレンジ色に塗装しようとすれば、銀色に塗装して乾燥させたあとで銀色の部分にはみ出さないようにオレンジ色を塗装してもう一度乾かさなければならない。これはずいぶんと手間がかかる。電池蓋を外して中を覗いてみると、オレンジ色の塗装部分には橙色のプラスチックが、銀色の塗装部分には灰色のプラスチックが使われている。橙色のプラスチックに塗装したオレンジ色と、銀色の上に塗り重ねたオレンジ色の風合いが微妙に違ったものになるだろうことは想像に難くない。微妙に合わない塗装はみすぼらしさを印象付ける。そうなれば不良品の山だ。デザイナーは生産現場の声をしぶしぶ飲んだに違いない。
 塗り分けを諦めてどれほど安くなったかのか私には知る由もないが、こうした戦いの積み重ねで今の価格が支えられているのだと思うと、この携帯電話がますますいとおしく思えてくるのではないだろうか。

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